まったり日々(?)のできごと

    日々感じたことを綴ります。 主に子育てとか通勤中に感じたこととか。 お出かけしたらその時の写真も載せるかも。

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     終末医療の記事を読んでいて母の末期のことを思い出したのでちょっと書いてみます。
     ウェットなお話が苦手な方は回れ右。

     母は、インスリン注射が必要なレベルの糖尿病と関節リウマチと間質性肺炎を患っていました。
     これらの病気を患って、特にリウマチと間質性肺炎が重なってそれがどんどん悪くなっていった
    行き着く先の話です。
     「間質性肺炎 増悪」や「間質性肺炎 リウマチ」「間質性肺炎 予後」と言うキーワードで
    検索してくる方が毎月一定数おられ、情報を求めている方が確実にいる、ということも今回わざわざ
    これを書いた理由の一つです。
     だから、そういう話を聞きたくない方もブラウザの戻るボタンを押すなり、ブラウザ自体を閉じる
    ことをおすすめします。

     それと私の身内でこの話を耳にしたくない人、目にしたくない人も回れ右。
     このエントリーは親父と相談して決めた、お袋の経過を書くことで誰かの役に立つなら書いて
    公開した方がいい、と言うポリシーに沿ったものです。


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     母が亡くなった後のエントリーで、間質性肺炎のことや母の病状の経過についてざっと書きました。
     関節リウマチの痛みがあまりに苛烈で、痛みを和らげるために免疫抑制剤を常用し、
    痛みと引き換えに病原菌に対する抵抗力を失ってしまい、風邪をひく→間質性肺炎が増悪する、を
    繰り返した母は、終いには肺が硬くもろくなって穴が空く肺気胸を起こして亡くなりました。
     そんな母の終末期をどう受け止め、考え、どう看取ったかという話です。

     間質性肺炎は、感染による風邪などで増悪し、肺の中で呼吸に使える場所が徐々に少なくなっていく
    ために、酸素ボンベによる酸素吸引が必要となり、進行に従って酸素の吸入量が徐々に増えていきます。
     どんなに深呼吸しても肺から取り込める酸素の量が減ってしまっているので少し動いただけで
    息が上がるようになり、やがて慢性的な酸欠状態になってしまうのです。
     母の場合は酸素ボンベの常用が必要となり流量が増えていき、病気の発覚から3年後のある日、
    突然肺気胸を起こしました。
     車椅子に座った拍子に肺に穴が開いてしまったのです。
     いえ、今にして思うとレントゲンだったかMRIだったかで予兆や前兆というものを見て取れて
    いたのではないかと思います。
     肺の上の方にごく小さな穴が開いている。
     肺全体が硬くなってきている。
     確かそんな話だったと思います。
     たまたま風邪をこじらせて入院していたから先生の素早い処置でその時は一命を取り留めました。
     自宅だったら多分そのまま亡くなっていただろうという話でした。

     母の状態を聞くために、家族が先生の前に集まりました。
     穴が開いてしぼんでしまった肺を吸引で膨らませていて、ステロイドのパルス投与で穴が塞がるのを
    待とうと言う話でした。
     最善の想定、最悪の想定、今の状態、それらを全部聞いて家族が理解して共有すること。
     家族の判断が必要な事態になった時―いわゆる延命措置が必要となった時にどこまでするかを
    家族で相談して決め先生に伝えること。

     父と話はついていました。
     弟たちにも、多分こういうことだから、と話をしてありました。
     もちろん、奇跡が起きることに一縷の望みをかけて、もう一度起き上がって笑って話ができる
    ようになることを期待して、でももし、万が一、最悪の状況が起きた時にどうするか、家族の腹は
    決まっていました。
     母は関節リウマチで数年に渡って痛みと闘ってきました。
     今際の際まで痛みで苦しむのは忍びない。
     ベッドから起き上がって笑って話ができるようになる見込みがある治療ならしてやって欲しい、でも、
    単に数日~数ヶ月寝たきりで痛みに耐えて苦しんで生き長らえるだけの延命ならしないで欲しい。
     痛みを取ること。苦しさをなくすこと。それが母に末期が訪れた時の家族の望みでした。

     先生の話を聞いた翌日、床ずれを防ぐために病院の方が寝返りを打たせた拍子にもう一箇所穴が空き、
    もうどうすることもできない状態になりました。
     先生から聞いた最悪のシナリオにほぼ近いことが起きたのです。
     意識はあるけれど痛みを取るためのモルヒネも効かない状態とあって、せめて残りの僅かな時間だけ
    でも苦しまないように、と睡眠導入剤を使って眠らせ、それから半日も経たず母は亡くなりました。

     これが糖尿と関節リウマチと間質性肺炎を同時に患った母の末期です。
     気胸を起こしてからは、ほんの数日。あっという間のできごとでした。

     睡眠導入剤の使用については医師ごとに考えが異なるようで、使わないと公言する先生もおられれば、
    使うことは安楽死につながると批判する方もおられます。
     それぞれの立場での主張があるのだろうと思いますが、こと母の場合においては苦しさを痛みを取り除く
    ことを優先させました。
     あの時、あの状況で、苦しさを取り除くことと意識の喪失とを天秤にかけて、母の苦しさを取り除くことを
    選んだ父の決断は間違っていなかったと今でも私は思っています。

     母のケースはあくまで一例です。
     肺気胸を起こさず、間質性肺炎の進行が緩やかになり、それなりの年月を永らえるのが理想ですし、
    そういう方だっておられると思います。祖父がそうでした。
     母のような状況が訪れないに越したことはないですが、もし家族が周囲がこうなった時にどう考えるか、
    のきっかけや参考になれば幸いです。
     夢々、このエントリーで絶望なさらないように。
     それだけは切にお願いします。


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    ちひろ(ちびすけ父さん)

    Author:ちひろ(ちびすけ父さん)
    時にはDeepに時にはLightに、
    日々のよしなしごとを
    つらつらと。

    撮影機材は
    NikonD80(2007.06.17~)
    NikonD70(~2007.06.16)
    Nikon CoolpixS3

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