まったり日々(?)のできごと

    日々感じたことを綴ります。 主に子育てとか通勤中に感じたこととか。 お出かけしたらその時の写真も載せるかも。


     Twitterをしばらく前から使いはじめました。
     使い始めたと言っても、お知り合いを一方的にフォローして、流れが速すぎてフォローを
    やめて……なんてことをしながらたまーーにぼそぼそつぶやく程度に使っていましたが、
    ここ数日の間にアマガミ関連の方々にフォローしていただく機会があって、にわかに
    Twitterを使う頻度が上がってきています。

     私の常駐している無限夜桜の一行掲示板(壱行板:いわゆるWebチャット)で
    「Twitterってどういうものかな」なんて話題を振ったときに「要するにワールドワイドな
    ここじゃないの」と言う反応があって、確かに自分がなにか思いついたら書き込んで
    その話題に興味があればレスを返し、そこから議論なりに発展して、傍で見ている人が
    それに乗ってきて、気がついたら自然に話が終わっている……と言う流れをもっと広く
    行ったものがTwitterの一面なのかなあ、と思います。
     最近私をフォローしてくれたアマガミ関連の方々のやりとりを見ていると特にそう
    思います。

     で、自分の周囲にはこう言うWebチャットなりTwitterなりブログなりSSなり、
    自分の考えを何らかの形で表現できる方法がいくつかあるのですが、不思議なことに、
    例えばSSを書くことに没頭しているときは他の表現方法を使う頻度ががたっと
    落ちますし、逆も然りと言うことが起きます。
     そう言えば最近はごぶさたですが、以前嫁さんとネットラジオを週一でやっていたときは
    SSをほとんど書かなかったです。
     これってどういうことなのかなあなんてちょっと考えてみて、自分なりに整理してみました。
     整理した、と言うほど大したものではないですが。

     まず根本にあるのは、どれも自己表現―言の葉を紡いで自分の表現欲求を満たしたい
    と言うことなのだと思います。
     そう言う意味では、会社や家でのちょっとした雑談や議論も大きな枠で考えると
    表現欲求を満たす行為であると言えるかな。
     私の中で沸き上がってきた表現欲求をその時々の内容に応じて、表現方法を選んで
    具現化していると言うことなんでしょう。
     そう考えると、欲求に対してその時にたまたまはけ口となるものを使っていて、
    それがSSだったり壱行板だったりTwitterだったりアマガミラジオへの投稿
    だったりするのでしょうね。

     困ったことに、この欲求の受け皿(はけ口)を自分でなかなかうまくコントロールできて
    いないのです。
     よーしSSを書くぞー、と思っていて、ネタもあるのに別の方法―例えば今みたいにブログに
    思いついたことを書き綴ってしまった結果、ああもうなんだか満足となってしまい、SSを
    書かず(書けず)じまいになることはよくあります。
     会社でいいネタを思いついて、よし!と思っていたのに、ディスカッションに巻き込まれて
    ああもういいや、となることもあります。

     そして今も目の前にSSのプロットを書いたメモ用紙が転がっていて、あとは書くだけなのに
    なぜかこう言う文章を書き始めてしまいました。
     SSを書こう、と言う気持ちは薄れていないのでいずれ形になると思いますが、それが今日なのか
    明日なのか一週間後なのかが自分でもわからない。
     困ったものです。

     ところで、ブログとTwitterと言うのは私にとっては似て非なるものです。
     Twitterは短い文章を思いつくままにポンと放り投げてその反応をもらうのに向いていますが、
    その反面、例えば今回のような内容を長々と書き綴るには向かないと思っています。
     文字制限があるから、次々と放り込んだとしても全てを投げきる前に曲解されたり、返事が来て
    考えが発散したりするんじゃないかなと思うわけです。
     一方でブログはそれこそ投げっぱなしです。
     こうして長文をまとめられる一方で、即時性やレスポンスの早さという点ではTwitterには
    敵わない。
     じゃあどう使い分けるんだ、となりますが、それこそ個々の価値観とか思考の仕方とかによって
    異なるのでしょうね。

     私がブログに記事を載せる基準は、あとから見返して自分にとって価値のある情報や、
    写真のようにブログやホームページのような媒体でないと表現できないものであるかどうか。
     もしくは自分が見聞きしたこと感じたことを長文でまとめて残しておきたいとき、なんだろうな
    と思います。
     アクセス解析を見ていると、うちのブログの使われ方は何かのキーワードで検索をして欲しい
    情報を入手するための情報源(それが一次なのか二次以降なのかは多分問われていないでしょう)
    のようです。
     自分にとって必要な情報を残した結果、それが他の方の役に立つのであればそれは残したかいが
    あったと言うことで自分的にはWelcomeな使われ方だなあと思います。

     一方、Twitterや壱行板(Webチャット)は、それこそ会話レベルで何かを言いたいときや、
    ネットをさまよっていて「おー」とか「わお」と思ったものを紹介したいときのように
    お手軽に情報を発信したいときや、誰かが必要としている情報を自分が持っていたり簡単に
    調べられる状況の時にその情報を渡すときに使うのだろうな、と思います。
     もしくは何か考えをまとめたくて、でもこうやって長文にまとめる前の状況で、他の人の
    意見が欲しいときとか。

     実際そこまで意識して使い分けるかというと、多分そんな厳密なことはしなくて、それこそ
    シームレスなんていう適当な言葉でうそぶいてそれこそ「適当」に使い分けるんでしょうね。

     ……とここまでつらつら書いてきて、なんでこういう文章を書こうと思ったかというと、
     こちらのブログのこのエントリーがきっかけだったりします。
     せっかくなんでトラックバックをかけておこうかしら。

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    ちひろ(ちびすけ父さん)

    Author:ちひろ(ちびすけ父さん)
    時にはDeepに時にはLightに、
    日々のよしなしごとを
    つらつらと。

    撮影機材は
    NikonD80(2007.06.17~)
    NikonD70(~2007.06.16)
    Nikon CoolpixS3