まったり日々(?)のできごと

    日々感じたことを綴ります。 主に子育てとか通勤中に感じたこととか。 お出かけしたらその時の写真も載せるかも。

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    有休の消化日でした。
    使えと言ってくれた上司と先輩にちょっとだけ感謝。


    しおり
     本屋でとある小説を買ってきました。
     その小説を読んでいたら、ちびが部屋を片付けるからつきあって、と言う
    のでちびの部屋へ。
     相手をしながらちらちらと小説を読んでいたら、ちびがおいらに転がっていた
    レシートを寄こしました。
     「これ使ってね」
     ???
     よくわからず生返事をしたら、レシートを小説の開いていたページに入れられ
    ました。
     「だからー、これあげるからしおりの代わりに使ってねって言ったじゃん」
     なるほど。
     つまり、小説なんぞ読んでないで、これをしおりに使って読むのをやめて、
    片付けを手伝え、と(^^;
     こりゃあ、父さん一本取られたなあ。
     以前のちびなら、もっと直接的に「小説読まないで」とか言ってきたと思うの
    ですが、敵も然る者、ちょっとは頭を使ったようです。
     と言うわけで、お父さんはどっかのドラッグストアのレシートをしおり代わりに
    使って、小説を閉じ、ちびを一緒に片付けをしたのでした。


    文庫本を買って読みました
     「死ニ方用意 小説 臼淵大尉」 長谷川卓 著 ハルキ文庫  読了。

     「男たちの大和」と言う映画が公開されています。
     一週間だか十日で100万人を動員したと言いますから、ここ最近の日本映画
    じゃヒットした部類に入りますね。
     その原作が「男たちの大和」と言う同名の小説として発行されているので、
    読んでみたくなって本屋さんに行きました。
     結果から言うと「男たちの大和」は売り切れていました。
     で、男たちの大和が置かれていたであろう棚で今日読んだ小説を見つけました。
     臼淵大尉、と言う人は、沖縄特攻時に戦艦大和の後部副砲指揮所の分隊長を
    務めた方です。
     大和には前部と後部に2基の副砲(主砲よりも小さい砲)が装備されていて、
    その後部副砲の責任者と言うことになります。
     吉田満著の「戦艦大和の最後」を読んだ方や映画「男たちの大和」を見た方なら、
    沖縄特攻を前にして、兵出身の士官と学徒出身の士官が特攻の意味(=死んでいく
    ことへの意義、価値)を言い争った際に「進歩のない者は決して勝たない。負けて
    目覚めることが必要だ(後略)」(小説本文より抜粋)と言う言葉を述べた大尉さん
    と言った方が通りがよいかも知れません。

     なぜ、大和の一士官の小説を手に取ったか。
     もちろん、臼淵大尉の「進歩のない者は~」の行が有名で、頭の片隅にその言葉が
    残っていたから、と言うのも大きいのですが、パラパラと本を立ち読みしてみたら、
    自分になじみのある地名が目に入った、と言うことのほうがウエイトが高かったり
    します。
     臼淵大尉は父親の転勤に伴って海軍の基地のある街から街へ引っ越しをし、最終的に
    横浜の保土ヶ谷と言う地で育ちます。
     箱根駅伝の花の二区、権太坂にかかる手前のあたりが保土ヶ谷駅で、旧東海道の
    保土ヶ谷の宿があったことでも知られる街です。
     小説の中に、保土ヶ谷駅から徒歩で5分、とあり、なんとなくどの辺か想像できま
    した。
     ネットで検索すると、臼淵大尉は旧制県立横浜第一中学校(現在の希望ヶ丘高校)
    卒とありました。
     当時、江田島の海軍兵学校にはかなりの秀才でないと入れなかったと聞きますが、
    第一中学の出となれば納得も行くというものです。
     それはさておき。
     保土ヶ谷と言う地名に一種の親近感を覚え、ならばと買って帰ったわけです。

     で、読んでみての感想ですが、小説なのでどこまでが史実でどこからが脚色なのか
    わからない分をさっ引いて見るとして、すごい人だなあと言うのが率直なところです。
     いかに当時のエリートで、中学を出て海軍の英才教育を受けてきたとは言え、また、
    当時の世相や状況が現在と全く異なるとは言え、齢21にしてこれだけのことを考えて
    いたと言うのは、我が身を振り返ってみて溜息が出てきます。
     こう言う上司がチームリーダーだったら、さぞかしチームの士気が上がるだろうなあ
    と自分の会社を思い返しながら感じました。
     もちろん会社は軍隊ではありません。
     でも、古くからある会社はピラミッド型、上意下達式の指揮系統で、本部があり部が
    ありチームがありそのそれぞれに、長と名の付く人が居て、それを補佐する人が居て……
    と言う構造で、正直軍隊と大して変わりません。
     高卒で工場に勤務する人は、多分重役と名の付く人と会話をする機会はほとんどなく、
    一方で大学を出た連中は部長や所長、本部長と名の付く人たちに揉まれながら、
    下手すると高卒の人と触れ合うことなく偉くなっていきます。
    (会社は人事改革をして、学歴に関係なく優秀な者を然るべき職位に配置すると言って
    いますが、実態は……ねえ)

     この小説を読みながら、臼淵大尉の経験する様々な状況の時に、自分ならどう考えるか、
    自分ならどう判断するか、どう動くか。
     そのつもりはなかったのですが、自分なりに考えながら読んでいました。
     もちろん、有名なセリフはそれはそれで感慨深いものですし、臼淵大尉の考え方の変化
    などは読んでいて頷けるところが各所にありました。
     でも、一番気になったというか参考になった部分は、同僚や部下との接し方かも
    知れません。
     軍隊の下士官というのは、企業で言えば高卒で入社したたたき上げの社員さんに
    あたります。
     決して偉くはなれないけど、ある部署のことなら隅から隅まで知っている。
     そう言う存在です。
     一方、臼淵大尉を含めた兵学校での士官さんというのは、企業で言えば大卒、院卒の
    連中にあたります。
     特に、晩年の臼淵大尉のポジションは、若い士官連中をまとめ上げる中堅どころで、
    なおかつ部下に下士官や兵がいる、そう言う人間関係的には結構大変そうなところです。
     自分よりも入社年次の若い後輩学卒連中をまとめつつ、先輩や部課長、重役連中と
    やりとりして、高卒のたたき上げのおっちゃんとやり合わなくてはいけない……
    そう考えると、安直かも知れませんが、どこかで見た風景とよく一致するのです。
     だからこそ、兵学校での士官さんを胡散臭そうに見る下士官、兵からどう信頼を得るか、
    同じ士官をどうまとめるか、我が身に置き換えたときに、35の自分は21の臼淵大尉と
    比べてどうなのか? そんな視点で読んでしまいました。

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    ちひろ(ちびすけ父さん)

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    時にはDeepに時にはLightに、
    日々のよしなしごとを
    つらつらと。

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    NikonD80(2007.06.17~)
    NikonD70(~2007.06.16)
    Nikon CoolpixS3

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